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2006年3月18日 (土)

愛の力。

夜の集まりの間、その力は厳然と存在していた。
それは愛の力である。
それは愛として今日は存在していた。
それは教える事も無く、ただ、喜びとともにそこにあった。

私達の心に潜む負の力は
取り除こうとして取り除けるものではない。
負というものを取り除くのではなく、正の力で満たす事が大切なのである。
チベットなどの本尊の瞑想はその為に存在している。
菩薩とは彼方にあるものではなく、自分自身の完成された姿である。
その完成された姿に自分自身を映していく事で、私達は私達があるべき本来の姿に
立ち返っていく事が出来るのである。
負の力と戦う事ではない。
自分が正となる事で負は存在し得なくなるのである。

この完璧なる愛の力は私達を祝福し、
その場所にあり続けた。
そして、今こうしてこれを書いている時もそれは変わらず
あり続けている。
こんなにも完璧に存在しているのに、ほとんどの人間は
この事を知らない・・・。

まあ、それもみこころか。

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